26.もう一つの国際協力
ブータンの新年度は7月から始まる。 そして、今年はブータンの国家開発計画の骨格をなす「第9次5カ年計画」(2002年7月〜2007年6月)の初年度でもある。我々がここに来たのも、その9次5カ年計画とその次の10次5カ年計画におけるルンチ県、モンガル県の農業関連マスタープランの策定を目的としている。そして、この9次5カ年計画において特に強調されているのが、「地方分権」である。
ブータンの行政組織は中央政府と県、その下に郡がある。 県知事は内務省の職員であり中央政府から派遣される。一方、これまで郡長は「郡の代表として選ばれた者(選挙ではない)」を知事が任命(指名に近い)してきた。 ところが、先の国会(6月末から7月末まで開催)では、国王が「我が民は必ずできる」と強い意向を示し、国会は、「郡長の直接選挙と郡独自の組織による開発計画の策定・実施」を基本とする9次5カ年計画を承認した。 郡長の選挙は10月28日に行われる。
知事を始め、多くの知識人、政府関係者は「実現はむずかしい」と考えている。形を整えるのは容易でも、「もの知らぬ民」が自分たちで物事を考え進めていくのはむずかしい、と考えている。しかし、ただの試みではなく、ことは既に動き始めているのだ。
今日の昼前、事務所に知事が現れた。 (いやな予感・・・)
はたして、知事が僕のところにきて言った。 「ちょっと手伝ってくれないだろうか? 今日は郡長候補が全員集まってきて立候補手続きをするんだが、先日話したとおり、デジカメで投票箱に貼る候補者の写真を撮りたいんだ。撮って印刷して、候補者の確認も取りたい。やってくれないか?」、と。
僕はここの知事が好きだ。 新しいものを採り入れて(というより、自らの「遊び心」によるものかもしれないが)、ブータン初の「選挙らしい選挙」、「地方分権の夜明け」を一生懸命演出しようとしている。 郡長候補でさえ、字を書けない人がいるのだ。サインをできない人は「拇印」を押す。 投票者に、立候補者の名前を書いてあるリストを示しても、多くの老人は読めないのである。だから写真を貼って候補者が誰かを知らしめる必要がある。 自分たちの住む村のことしか知らない人たちが、郡長として、地方分権の長として皆を引っ張って、開発計画を立て、県や国に予算要求をしなければならないのだ。 本当にできるんだろうか? できるとは思えない。
3時過ぎに計画官に呼ばれて知事会議室に行くと、部屋の前には数10人の郡長候補とその推薦者(郡担当の国会議員ら)で溢れていた。私は会議室の末席に座り、次から次へと呼び入れられる候補者の写真を撮った。一枚は知事のカメラで、もう一枚は自分のカメラで。 候補者のなかには酒臭いのもいる。どうしてもレンズから目をそらして「あちらの方角」を見る者やら、ストロボの発光を恐れて目をつぶってしまう者、さまざまだ。 正直言って私自身も、「これからこの人達と話し合って計画を決めていくの?」、と少なからず不安を感じ、「ブータンの地方分権の道のりの厳しさを痛感したのである。
立候補書類の審査風景。中央が知事。その右が副知事。県の幹部職員全員が集まる。立候補者に不適格者や届けたのに来ない失格者があると、その場で書類を作成し全員が署名して「失格」を確認する。16郡に対し、28名の立候補者の予定だったが、結果的には25名となった。
知事が一郡一郡の立候補届に目を通し、「○○郡!」と呼ぶと、係りの者が、「おい、○○郡、入れ」と呼ぶ。おそるおそる数名の関係者が入ってくる(まるで取り調べをうける「囚人」のよう)。書類に不備があると知事が叱責する。「おい、チミはどうしたチミは、チミを呼べ」(「チミ」は数郡から選ばれる国会議員で、選挙の世話人をしてる)、と叫ぶ。呼ばれたチミは知事に大声で叱られて声も出ない。「役立たず(useless)なチミだ。この委員会(選挙管理委員会?)の時間を無駄に使いおって」、と厳しい言葉がどんどん出る。周りの幹部職員も「おろおろ」している。 「リーダー、すまないな、貴重な時間を取ってしまって」、と知事は時折私に言う。 私は、「いや、私もこの立候補手続きの様子をenjoyしてるし、私のことなら気にしなくてもいいですから、ゆっくりやってください」、と言うしかなかった。知事に叱られる候補者と推薦者、国会議員が可哀想だったし・・・。
3時半から始めた撮影が終わったのは5時過ぎだった。 それからがまた大変。撮った写真を編集し、A4サイズ(白黒)で印刷しなければならない。しかも、候補者は今日帰ってしまうので、出来映えによっては再撮影をしなければならない。候補者25人とその推薦者の100人余りが私達の作業を待っているのだ。
フォトショップで写真を開く。「90度反時計回り回転」→「自動レベル調整」→「アンシャープマスク」→「サイズ調整」→「印刷」の繰り返し。「最高品質」での印刷のため時間がかかる。黒い「ゴ」(男性の着物)を着ている候補者の写真はインクを大量に消費する。途中でインクがなくなる。めがねにストロボが反射して目が見えない・・・・。度々作業をやり直さなければならなかった。結局25枚の写真を印刷し終えたのは7時前だった。
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印刷し終わった写真を事務所の机の上に並べ、候補者を最終確認したころ知事がやってきた(左写真)。
「う〜ん、よくできたなぁ。ありがとう。当選者のパーティには招待するよ」、と知事。
「でも、歩いて片道3日とかイヤですよ」、と私。
「いや、当選者が最初の県開発委員会で招集されたときにやるから大丈夫だよ」。
そんなことはどうでもいいのだ。 昨日までのワークショップが終わって、「やれやれ」と溜まった仕事を必死でやっているところにいきなりの依頼。しかし、ブータン初の民主的・近代的地方首長選挙の一端(20県のうちの1県にすぎないが・・)を、ちょっとではあるがお手伝いさせてもらったということが、このうえない喜びだった。 仕事ではないから余計に楽しい。無償でやること、ただ相手が喜ぶことを「報酬」として協力すること、一緒に働くこと。 国際協力・援助の「根っこ」にあるものは、やっぱりこれなんだろうなぁ。ずいぶん大げさだけれど・・。いつも書くことだけれど、コンサルでも、政府関係者でも、NGOでも、国際協力・援助に携わる人間のスタートライン、ボトムラインは同じだと思う。
今日は、とても気分のいい一日だった。
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25名のモンガル県郡長候補。誰が当選・信任されるかな? みんな、頑張ってほしい。 | |
2002年10月10日 |