30.普及員受難
「12.ある若年公務員の職場」に続く、ある普及員のお話。 モンガル県A郡のRNRサブ・センター(県農業課の出先。農業セクターは唯一各郡に事務所とスタッフを持っている)に勤務するB君は、NRTI(農業短大)を出て2年目、採用になって最初の赴任地がこのA郡のRNRサブ・センターだった。各センターには2〜3名の普及員(Extension Agent)が配置されているが、B君は農業担当、もう一人畜産担当の普及員がいるが、そのC氏は妻子持ち。B君は、サブ・センターの宿舎(3部屋もある。トイレと台所付き)に一人で住んでいる。 ところで、このサブ・センターのある村には電気が来ていない。道路はなく、国道まで標高差500mの道のりを、歩いて一時間半の距離にある。
RNRサブセンターの一角にある彼の宿舎。新しくて立派。 この村で私たちは農家調査を行った。40軒の農家への聞き取り調査である。私は初日の調査に随行し、調査員である現地スタッフと、協力してくれる普及員2名に質問の仕方などを指導した。その後、普及員と調査員が3日間かけて調査を実施した。 調査員は3日3晩普及員B君の宿舎に泊まり、調査終了時にはすっかり仲良しになったらしい。そしてB君にいろいろと相談事もされたという。 いま、B君が頭を悩ませているのが女性問題・・。 B君の話によると・・・。
ある晩、B君がランタンの薄明かりのなか、単一電池6本のラジカセを聞きながらウトウトしていると、突然の来客が・・・。ドアを開けると一組の母娘が立っていたという。母親は40才くらい。娘は17才くらいだったそうだ。 母親曰く、 「いま、モンガルからの帰り道なのですが、もう暗くて村まで降りていけません。申し訳ないのですが泊めてもらえませんか・・」 これを聞いたB君は、「公務員としての立場上」断ることはできず、布団を居間に敷き、その母娘を泊めてあげることにしたという。 ところが、深夜になって、なんとその母親が彼の部屋に娘を「送り込んだ」のだそうである・・・。 国道から歩いて1時間半、電気もない山奥の村。卒業して間もない20代前半の血気盛んな若者である・・。拒否できなかったのだそうだ。母親がそうさせたことから、「ねぎらいの気持ちを込めた贈り物」かとも思ったのだそうだ。 (なんのこっちゃ? 都合よすぎるんでないかい?) ところが翌朝、母親は彼に「賠償」を請求したそうである。考えてみれば「ハナ」からの「仕掛け」だったに違いない。モンガルからの帰りなどというのは真っ赤な嘘で、村から上がってきた母娘の術中に、若気の至りもあってB君はまんまとはまったのだ。母親は彼から5000ニュートラム(13000円)の現金と、布団一式をすべて持ち去ったそうである。 しかし、まだそれだけでは終わらなかった。しばらくたって彼のところに来た母親は、「娘が妊娠した。責任を取れ、取らねば裁判所に告訴する」、と言い放ったのだそうだ。 B君は「DNA鑑定ではっきりしてやる」、と言っていたそうだ。なんでも、この手の争いごとはずいぶんあって、子供と男女の血液サンプルをインドに持っていって調べてもらうことができるという・・・。(でも、検査の結果、もし自分の子供だったらどうするんだろ?)
農家調査では、40軒のうち33軒の回答者が女性であった。そのうち12軒が寡婦世帯である。ある42才の女性は背中に背負った乳飲み子が、「自分と近所の小学6年生(実際は15才くらい)との間にできた子供である」ことを話してくれたが、そのご主人(54才)はちゃんと同居しているのだ。 こうした話をいろいろと聞くに及び、私は調査員に質問票(2ページ)のあと(3ページ目)に「Supporting information」をつけるように指示した。15個の質問項目には顕れない、「農村社会の奥にあるもの」を知りたいからだ。そして、その第3のページは表には出さない。 「文化人類学者は命がけ」、と聞いたことがある。以前、インドネシアのスンバ島に調査に見えた女性教授は、「解毒剤」を持参していたという。確かにブータンでも、よそ者に毒入りの茶を振る舞うような家もあるという。我が調査員が前回の調査期間に行った聞き取り調査では、 Some commented that “ Dhukpa ” (the one who possess poison) are worse of a kind. It is believed that who ever has such possession would definitely kill the person or make the person very sick if he/she takes some eatable items from that house.
(「Dhukpa(毒を所有する者)」と村人に称される者はさらにたちが悪いという。毒を所有するそれらの家では、すべからく、彼らの家を訪れて飲食をした者を、(彼らの持つ毒物で)確実に殺すか重傷を負わせると信じられている)
まぁ、この文章を読む限り、実際に毒をもるのではなく、「村八分」として特定の世帯に近づかない、近づかせないための言い伝え、にも思えるのだが・・。 とにかく、ブータンの農村社会は入り込めば入り込むほど興味深く、そしてまた恐ろしい。 2002年10月28日 |