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6.いかに雨を浸透させるか

1泊2日で現場を訪れた。 ディリから山を越えて南側のマヌファヒ県とアイナロ県である。宿泊は2県への分岐点、峠近くにあるマウビセ村。標高1,300mの高地にあって、非常に涼しい、いや朝晩は寒いくらいである。そして、そこにはポルトガルの建設会社Ensul社が所有する保養施設、その名も「Ensul Resorts」がある。小高い丘の上に立つ瀟洒な造りの一軒家(写真下)であるが、暖炉もあり、調度品も優れ、まさに「スイスの山間のロッジ」のような佇まいである。1年前の混乱時にも、各国の「住民投票」監視団や文民警察に守られ焼かれることもなかったらしい。

一泊40米ドルと50米ドルの部屋があり、設備はすべて整っている。ここは「カップルで来るべきところ」とも思う。雰囲気が最高なのだ。食事もいい。夕食は8米ドル、ビールは2米ドル、朝食が3米ドル。ワインが20米ドル。いずれも美味でリーズナブルである。特に朝食の際のパンとコーヒー(チモールコーヒー)は秀逸であった。部屋は全部で8室しかなく、週末は値段が高くなるが満杯状態。電話はなく、予約はDiliのEnsul事務所を通じてできるらしい。とにかく、素晴らしいところである。

さて、本題に戻ろう。現場はいわゆる「ハイランド」である。スリランカで言えばヌワラエリヤ。ネパールの高地にも似た感じがあるが、「雨が多い」点で性質が異なる。農業で言えば、冷涼で果樹や温帯野菜、コーヒー、花卉類の栽培に適していて、ディリまで2〜3時間と市場へのアクセスもいい。シンガポールやバリへの輸出の可能性も十分感じられる。一方、観光資源としての価値も極めて高い。ディリを含む北海岸線は「ビーチリゾート」としてのポテンシャルが高く、この中央高地は「避暑地」として絶好の立地条件にある。石灰岩層から湧出する渓流水があり、水には困らないだろう。自生する野バラやブーゲンビリア、マゲィ(竜舌蘭。テキーラの原料)からみて、花畑等によるプレゼンテーションも期待できる。木造あるいは石造りのロッジの、斜面に突き出たテラスで、花畑と牧草を咬む牛たちの群を見ながらチモール・コーヒーを飲むのも素晴らしい。さながら「熱帯のスイス」である。

ところが一方、そこまでの道のりにも険しいものがある。伝統的に営まれている「焼畑農業」と「薪炭」のための樹木伐採は著しく環境を痛めつけ、降った雨は地下に浸透することなく、岩肌に薄くへばりついた表土を流し去り、その土砂は鉄砲水や洪水になって下流域を襲う。人口圧の高まりにつれて、焼畑を含めかつては保たれていた生態系の均衡が崩れ、状況は悪くなる一方である。先に述べた「熱帯のスイス」と、デス・バレーのような「不毛の渓谷」とは表裏一体、この中央高地はまさに今、「剣が峰」にある。

技術的にはいろいろと提案すべき事がある。提案は実現可能かつ持続可能なものでなければならないが、それには地域住民の賛同が不可欠である。在地技術と近・現代技術を合わせた適正技術。それは何か・・・。 降った雨を深く長くその土地に保つことができれば、すべては好転するのだが・・・。

湯水のように流れ込む「外貨」もまた「雨」のようである。この土地に突然訪れた「独立バブル景気」は、全くもって「実体」がない。「需要と供給のバランス」ではなく、「援助関連外国人滞在の1〜2年間で荒稼ぎすることのみ」を念頭においた暴利、収奪。ありとあらゆるものが「米ドル」と「豪ドル」で売買され、商売人が「外貨を掃除機で強制吸引」している。雨(外貨)は本来潤うべき土地(東チモール人)に浸透する前に、海(外)に流れ去ってしまっている。

マウビセのホテルは素晴らしい。しかし、その同じ村の「山のバラ食堂」(Restaurant Rosa da Montanha)や、マヌファヒ県のTalik Cafeはもっと素晴らしい。肉、魚、野菜とご飯の揃った大皿定食を1万ルピア(1.5米ドル)で提供してくれるのだ。 彼らは仕入れ価格になにがしかの利益を上乗せして我々外国人に提供してくれている。 

岩肌の露出する珊瑚隆起の島にあって、家畜の堆肥を畑に施し、肥沃な黒土で立派な野菜を作る東チモールの農家は、きっと豊かな国を作るだろうと思うし、ここにあって我々外国人は、公私にわたって日々そのための支援をするべきなのだと、今回の現場行きで思いを新たにした。

夜半になって、ここディリでも急に強い雨が降り始めた。本格的な雨期の到来である。

 

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