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8.国が変われば工事も変わる

5年前、インドネシア時代に訪れた灌漑地区を再訪した。「マリアナ」と呼ばれるその灌漑地区はインドネシア(西チモール)との国境に位置し、マリアナ-Iとマリアナ-IIの2つの灌漑地区からなる。総灌漑面積は2,500f。マリアナ-Iはポルトガル時代に建設された取水堰が、老朽化しているとはいえ現在も使われており、マリアナ-IIは別の取水堰がインドネシアとの国境河川にあって、右岸に取水している。その取水堰の下流ではインドネシアが灌漑施設建設を行っていて、PKFの監視施設付近からその工事風景がよく見えた。0.6m3クラスのバックホーと10トンクラスの大型ダンプが3台ほど。インドネシアらしい大規模な建設工事である。

一方、対岸のマリアナ-IIでは、世界銀行の農業復興プロジェクトの一環として灌漑施設改修が「農民の手で」行われている。世銀のコンセプトは、農民にセメントや石などの建設資材を与え、簡単な技術指導を行って彼ら自身に施設改修をさせるというものである。

マリアナ-IIの幹線水路の水路橋は昨年の雨期に地区を襲った豪雨の際に流失したが、その改修は「農民の手」では到底無理なため、迂回水路の建設を行うこととし、水路は建設の真っ最中であった。当然のことながら、重機もダンプも何もない。しかし、立派な練り石積み水路が造られていたのには正直言って驚いた。

5年前に東チモールに来たのは、このマリアナ-I、IIの改修を含む5つの灌漑プロジェクトの案件形成とF/S(feasibility study:計画が技術的、社会経済的に実施可能かどうかを調査する)の実施が目的だった。東部インドネシアを対象とするこの円借款プロジェクト(Small Scale Irrigation Management Project)は現在第3期事業が実施されている。そして、その中には当然このマリアナ地区も含まれているはずだったのである・・。

しかし残念ながら、最後の最後になって、「東チモールは危険」との理由で実施計画(Implementation Program)から東チモールの案件は落とされてしまった。たしかに危険は危険だった。5年前に我々が来た際も、その1週間前にデモで150名が逮捕され、マリアナでもマーケットが焼かれるなど不穏な状況だった。我々の現場行きにもゴルゴ13愛用のM-16を持った兵士が同行し、緊張感があった。あの兵士は今はインドネシアに居るのだろうか、それとも「ミリシア」と呼ばれる民兵となって破壊工作を行っているのだろうか・・。

「スターライト・スコープ」(暗視鏡)付き銃器を持ったオーストラリア軍のPKF兵士の脇に立ち、左岸で建設されているインドネシアの灌漑事業と、右岸側で農民が改修しているマリアナ-IIの幹線水路を見て、しばし感慨深く考えた。

「マリアナの農民にとっては、一体どちらが良かったのか」。大規模灌漑事業の問題点は多く指摘されている。なかんずく、「お上がやってくれる」との住民の参加・所有意識の低さから、維持管理も政府任せで開発の持続性に欠ける、というのがよく指摘される問題点だろう。 しかし決して大規模灌漑事業が不要なわけではない。その瞬間的インパクトは絶大で、かつ経済的にも効率がよい。

マリアナ-IIの農民が作った幹線水路を見れば、(社会経済専門家がその大部分を占める)世銀関係者は「泣いて喜ぶ」だろう。水路橋を改修せずとも、付け替え水路で緊急復興の効果は確かにある。しかし、2,500haにおよぶマリアナ地区の開発の道のりは遠く長い。

さて、行政に目を向けよう。「貧しい国の小さな政府」が東チモール暫定行政機構(UNTAET)の「国づくり」の基本である。計画によれば農業局全体で職員は130名に及ばない。以前は100人にも上った「農業関連の職員」が、いまでは僅か5〜10名しか割当てられていない。その数名のスタッフが、県の食用作物、換金作物、水産、森林、畜産、灌漑の全分野をカバーするのである。当然のことながら、十分なサービスは期待できない。

中央でもわずか数10名の農業局職員(しかも、現在その多くの部分を半年契約の発展途上国出身者が占めている)では、責任と展望のある仕事は期待できない。「右から左」と援助金を現場に振りまくのが精一杯、まさしく「トップ・ダウン」である。

しかし、中身をよく見ずに薄っぺらな批評をするのは禁物だ。どんなコンセプトのどんな事業でも、一生懸命やっている人がたくさんいる。熱意もあり、情熱もあり、逆らいようのない大きな渦流のなかでもみくちゃにされながらがんばっている人がいる。そして、いい結果も出しているし、悪い結果もある。この混沌のなかにあっては、そういう様々な結果のフィードバックこそが重要で、「情報の共有」がその手がかりとなる。

水路で洗濯をする女性にとっては、世銀もUNTAETも関係ない。また、「国は変わってもマリアナはマリアナ」なのだ。「なんとかして、この一年ですっかり疲弊した農民の暮らしと農業生産を回復したいものだ」、と思いつつマリアナを後にした。

 

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