和風人登場

写真:船上は「釣場」でもあり「モスク」にもなる。向かって右が彼の釣ったハタ。

 

7月31日に新たにエンジニアが着任した。ジャカルタから来た彼の名前は「Wahyuddin(ワヒューディン)」。担当は「System Planning Engineer」となっている。要は今回対象とするサダン灌漑システムの整備全体計画を具体的に形にしていく役割を果たすことになる。

彼は年齢37才、一見すると「薬丸裕英」にも見えるし「竹中直人」にも似ている。「ボソボソ」と何を言っているかわからないような「口べた」ではあるが、技術的なことにはちょっとこだわりもあって、なかなか味のあるエンジニアである。

ところで私は現地のスタッフの名前を覚えるために、よく日本語風の名前を付けることがある。

「Zulwarman」→「ズル悪マン」

「Mahyuddin」→「真冬人」

「Wardono」→「悪殿」

 

こんな感じである。

そして、Wahyuddinはやはり「和風人」である。寡黙な職人気質のエンジニア、着物に湯飲みも何となく似合いそうな感じもする・・・・・。

 

 

さて、その和風人と、ふとしたきっかけで二人で夜釣りに出かけた。いままで気の知れた日本人としか出かけたことのない舟釣りであったが、どうしたわけか新人の和風人を連れていくことになったのである。もちろん「しろうと」ならば連れていかない。小舟で竿を使わない「手釣り」は結構難しく、時化た場合には危険でもある。

しかし、彼は「釣りが好きで結構行く」というので、「じゃあ、一緒にいこうか」ということになったのである。

 

土曜日の午後4時、いつもの場所から、いつもより少し早い時間に出航した。

彼はここにくる前に途中で防寒用の上着を買い、いろいろと用意をしていたが、乗船時に「新聞」を持っていたのにはちょっと「ムッ」とした。

(新聞なんか読んでるヒマないだろうよ・・・。舟あそびじゃないんだよ・・)。

 

それでも、舟は所定の釣場に到着し、我々は仕掛けを組み立て始めた。

ところが和風人、仕掛けの組立が「めちゃくちゃ」。

船頭に教えてもらいながら組み立てる姿を見て、一瞬不安になって彼を見ていると、彼は、

「いつもは川や沼で釣っていて、海は初めてなんだよね」、という。

(やれやれ。大丈夫だろうか、今晩は結構時化ると思うんだけど・・・)

 

釣り始めて30分。彼はおもむろに新聞を取りだし、床において足で押さえ、読み始めた。

(おいおい、真剣にやれよな・・)

ところがその直後、彼は特大の高級魚「ハタ」をものの見事につり上げたのである。

 

(和風人)「あれっ、なんか引っ張ってるよ・・」、

(船頭)「引け、引け!」

 

あれよあれよという間に、新聞読みながら、ど素人に大物をつり上げられて、私は大いに動揺した。

(あ〜あ、大丈夫かなぁ、オレ。釣れるんだろうか?)

 

そしてさらに30分後。今度はおもむろにラインを舟の一部に巻き付け始めた。

(なんだ、おしっこか?)

 

船頭になにやら訊いている。そして、今度は読んでいた新聞紙を床に敷き始めた。そして幅1メートルほどの舟の上に、彼は立ち上がった。

(おいおい、危ないよ。落ちるよ、落ちる・・・)

 

そして彼は船頭にもう一度「方角」を確認し、「メッカ」の方に向かってお祈りを始めたのである。夕陽を受けながら・・・。

 

 

新聞は、読むためだけのものではない。お祈りの際の敷物にもなるのだ。

そしてまた、ミネラルウォーターは飲むためだけのものではない。身体を清めるためにも使うのだ。

 

釣りをしている間に船上でお祈りをしているのを見たことはない。

しかし、「たいしたものだ」、とえらく感心した。

 

和風人。当て字が間違ったかもしれないが、かれは実に敬虔なモスリムでもある。

 

2000年8月13日 インドネシア国マカッサルにて