ただいま出張中 

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Since April 17th, 2000 / Last Update March 14th, 2003


5.ベトナム農村に見る家族の原点

 

ハノイ近郊での水利組合、農家調査の最終日、ハノイ北方中国国境近くのバックザン省、カウ・ソン灌漑地区を訪れた。我々が訪ねたのは同灌漑地区のなかでも末端に位置する、イェン・ドゥン県クィン・ソン郡で、用水不足の生じる地区である。「水不足」とはいっても、カンボジアなどに比べれば灌漑施設(水路網)自体が整っているため、農家の田んぼのそばには水路があり、農家は少ないながらもその水路に入ってきた水を利用している。ただし、水位が低く重力では水は入らないから、バケツなどで自分の田んぼに水を揚げなければならない。バケツを手に持って水を揚げる農家もいれば、てこを利用するものもあるが、多くの場合は紐のついたバケツを二人で両側から操作して水を揚げる方式をとっている。

 

写真のジンおばあさんは60才。84才の父、82才の母と3人で暮らしている。独身。田植えや刈り取りは賃労者を雇っている。2反ほどの田んぼの水揚げはひとりで櫓と縄で支えた柄杓を利用して行っている。一人で作業する場合にはこうした櫓を利用するか、時には直接バケツを使ってかい揚げる人もいる。ポンプを使う人はほとんどいない。土地所有面積が小さいこともあるのかな。カンボジアではこうした水揚げは見られない。すぐにポンプを使うんだよな・・。ベトナムの農家の勤勉さを垣間見るひとときでもある。

 

水揚げは二人でやるのが一般的。この夫婦(ともに52才)は息もぴったり。バケツの両側に各2本縄が付いていて、両側から引っ張りながらうまくバケツで水を揚げる。慣れると簡単なんだけど、社交ダンスと同じで相手のリードで上手く水を揚げることができるんだな・・。このあと奥さんのヒエンさんにインタビューするために、ご主人と僕が水揚げをしました。でも、ご主人は10分もしないうちに止めてしまった。僕とは息が合わないようで・・・。

 

ご夫婦で水揚げをしているところをお邪魔して農家インタビューをしました。インタビュワーは僕のカウンターパート、ベトナムの水利研究所のエンジニア、タインちゃんです。タインちゃんは日本の農工大の修士課程修了で、現在1歳半の娘さんがいます。政府高官の娘さんとのことですが、実におっとりしていていい子です。でも、ときどき不安になります。インタビューに奥さんをとられたご主人、手持ちぶさたで水路の盛土を直していました。すんません。

 

タインちゃんに言われて僕もやってみました。最初はコツがわからなくて上手くできなかったけど、タインちゃんよりは上手。「オレは灌漑技術者なんだからね、できるに決まってるでしょ・・」、と言いながら、一生懸命やってたんだけど、バケツがひっくり返ってますね・・・。いつのまにか回りに人が集まってきて笑われてしまいました。でも、思ったよりも力を必要としないんだな・・。コツを覚えれば歌でも歌いながらできそうな作業でした。ちなみにこのブリキのバケツは100円くらいで村で売ってます。竹製の物を買って帰ろうと思ったんだけどなかった。カンボジアにも持っていって広めたかったんだけど・・。

 

見渡せば、田んぼのあちこちに夫婦が、兄弟が、母娘が鍬とバケツを持って水揚げをしているのが見える。家事の農業を手伝う兄弟。母親と農作業をする若い娘。老夫婦。ご近所同士で世間話をしながら農作業をする夫婦たち・・。

 

「こんな夫婦、暮らしがあったんだなぁ」、って本当に思った。

「会社で働く夫と、家を守り子供を育てる妻」ではなくて・・。

家事分担についてインタビューで農家に訊くと、「炊事、洗濯は子供の仕事」としている家庭が結構あった。

 

それを我が家に強いようという気持は毛頭ないけどね・・。

でも、たしかにかつてそんな暮らしがあったよな、自分の子供時代・・。(家業の)病院の掃除は母親と子供の仕事。健康保険の請求書書きや薬を薬包紙に包むこと、そんな役割分担を課せられた。でも、楽しんでいた。病院の掃除をしながら歌を歌った。雪かきをしたあとはアイスクリームを買ってきてみんなで食べた・・。家族がそれぞれの役割分担を得て、楽しんで家業を支えてきたはずだ。

 

 

インタビューを終えたあと奥さんから、

「家が遠いからねぇ・・。是非、お茶でもご馳走したかったんだけど・・」

そう言われて、本当に嬉しかった。

 

「このおばさんがベトナム人で僕が日本人なのではないな」、ましてや「自分が援助側で、相手が被援助側ではないな・・」、とつくづく思った。僕にとって、彼女は「おばちゃん」であり、ご主人は「おっちゃん」だった。そして彼らにとって、僕はただの「都会のボンボン」だったに違いない。でも、そんな「よそ者」を快く受け入れてくれた、ベトナム農村社会の「懐の深さ」にストレートに感動した。

 

農家へのインタビューへの最後の質問は、「あなたは今の生活に満足していますか?」、だ。今日尋ねた3軒の農家の答えは全て「Yes」だった。

 

だって、本当に、見るからに幸せそうだったもんなぁ・・。夫婦、母娘、父子・・。本当にうらやましく思えた。自分がここに何をしに来たのか・・。少し恥ずかしさを感じながら、僕自身、すごく幸せな気持になった。本当に感謝したい気持ちだった。

そうは見えてもいろんな問題を抱えているんだろうけど・・。

 

自分の過去がここにはあるんじゃないか・・。子供の頃、赤とんぼが空を埋め尽くすくらい飛んでいる中で、シャトルコックが見えなくなるまで家の前で家族でバドミントンをしたんじゃなかったか・・。道路脇のドブ(排水溝)に自転車でつっこんでだときの太股の傷は、いまでもここにあるじゃないか・・。

 

来るべきところに来るべくして来たんだと思った。

 

2004年3月2日